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立川市の概要

最終更新日:2009年12月28日(月曜日) 10時45分  コンテンツID:2-1-80-1621
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 立川市の位置、人口、交通環境などのほか、市の主な歴史を紹介します

 立川市は、東京都のほぼ中央、西よりに位置しており、多摩地域の中心部分にあって、昭島市、小平市、日野市、国分寺市、国立市、福生市、東大和市、武蔵村山市、と接しています。
 市域の南側には東西に流れる多摩川が、北側には武蔵野台地開墾の源となった玉川上水の清流が流れ、地形は平坦です。
 JR立川駅周辺は商業や業務などの機能が集まり、市域の中央部分には国営昭和記念公園や広域防災基地、自治大学校などがあるほか、国の省庁移転による拠点整備も進められています。また、市域の北部は都市農業や武蔵野の雑木林など緑豊かな地域を形成しています。

【位置】
面積 24.38平方キロメートル
位置(市役所) 東経139度25分22秒 北緯35度41分27秒
海抜(市役所) 80メートル

【人口】
平成21年4月1日現在
世帯数 82,862世帯
人口 177,526人(男性88,775人・女性88,751人)
 ※最新の人口は、トップページに掲載しています。

【交通】
 市域中央には、東京都の東西を結ぶJR中央線が走り、東京駅から立川駅までの距離は37.5キロメートル。特別快速電車で43分です。また、立川駅にはJR青梅線、JR南武線が乗り入れているほか、多摩モノレールが多摩センター駅から立川南・立川北駅を経由して上北台駅へ達し、立川駅は多摩地域の交通の要衝となっています。
 北部には西武拝島線が通り、バス路線も網の目のように近隣市との間を結んでいます。また、交通不便地域を補完する市民バス「くるりんバス」が、市内3ルートで運行しています。

【商業・業務】
 立川市は、国から首都圏の「業務核都市」に位置づけられ、商業や業務などの集積が図られると共に、文化、研究、防災などの広域的な都市機能が整備され、拠点形成が進められています。
 立川基地跡地を利用した「ファーレ立川」は商業・業務中心の近代的ビルが立ち並び、世界各国からの109ものアート作品が街と一体になって新しい都市空間を創出しています。また、JR立川駅の周辺には歩行者専用のペデストリアンデッキが整備され、有名デパートや大型スーパーなどが数多くあり、多摩地域の商業の中心となっています。
 この他、基地跡地には「国営昭和記念公園」などがあり、国や都の各機関、医療機関、報道機関も多く集まっています。

【主な歴史】
 「立川市」の名前の由来は、平安時代末期から鎌倉時代にかけて、豪族「立河(立川)」氏が館を構えて住んでいたところからつけられたといわれています。その頃の有力な武士は、住んでいた土地の名を氏(うじ)としていたことが多く、立河氏が勢力をふるう以前から立川という地名はあったものと考えられます。その由来は、普済寺の付近に館(たち)があり、その近くを川(多摩川)が流れていたので館川(たちかわ)というようになったという説、府中に国府が置かれていた頃、多摩の山々が横向き(東西)にあるのに対して多摩川は縦向き(南北)に流れていた川であり、国府から見て多摩川が流れてくる方向に現在の立川があったのでタテ川、タチ川と呼ぶようになったという説などいくつかの説があり、いずれが正しいのかはわかっていません。
 明治14年に柴崎村から立川村へと改変。1889(明治22)年に甲武鉄道(現在の中央線)が開通し、1922(大正11)年に立川飛行場が開設。1940(昭和15)年12月1日に市制施行。戦後は米軍の「基地の町」として歩みました。1963(昭和38)年砂川町と合併し、その後1977(昭和52)年に立川基地が全面返還されると、基地跡地を利用した新しいまちづくりが開始され、「心のかよう緑豊かな健康都市立川」の実現を目指しています。

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