立川市

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更新日:2020年7月1日

立川市の散歩コース【1.古村を歩く】

全長で約6.4キロメートル。

立川駅南口を出発し、神社や史跡を巡るコースです。

散歩コース概要

1古村を歩く

  1. 立川駅南口
  2. 諏訪神社・八幡神社
  3. 中嶋家の門
  4. 八幡神社大ケヤキ
  5. 満願寺跡
  6. 柴崎分水
  7. 普済寺(立川氏館跡)
  8. 山中坂地蔵堂
  9. 立川市歴史民俗資料館
  10. 東京都農林総合研究センター
  11. 富士塚
  12. 西立川駅

諏訪神社

諏訪神社

お諏訪様と呼ばれ、多くの人々に親しまれています。

8月下旬には、獅子舞、相撲が奉納される賑やかな祭礼が行われます。

弘仁2年(811)に、信州(長野県)諏訪大社を勧請したと伝える古社です。

市内最古の木造建築物でしたが、平成6年に火災により焼失。

現代の社殿は平成12年に再建されました。

(注)勧請:神仏の霊や形像を別の地で招き、まつること。

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中嶋家の門

中嶋家の門

柴崎村の名主をしていた中嶋家の屋敷があった場所です。

この門は江戸時代の末に代官江川太郎左衛門からゆずりうけたものであると伝えられています。

 

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八幡神社の大ケヤキ

大ケヤキ

諏訪神社の南の鳥居から、西方約200mほどの所にあります。

もとの八幡神社はここから約30mほど北にあって、この大ケヤキはその参道に植えられたものといわれています。

ここから南へ延びる道は、むかしは「たんす横町」とよばれて、村の中心でした。

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満願寺跡

満願寺跡

むかし、いまの満願寺井戸のあたりに、東光院という寺があり、大変栄えていましたが、江戸時代も元禄のころになると、すっかりさびれてしまいました。

それを、そのころ名僧として名高かった黄檗宗の鉄牛和尚が再興したのが、医王山満願寺です。

満願寺はたくさんの人びとの信仰を集めましたが、明治8年、廃仏毀釈により廃寺となってしまいました。

満願寺井戸はその名残りなのです。

満願寺にあった仏具などは、ほとんどなくなってしまいましたが、2枚の「聯(寺の柱などに左右相対してかける書画・彫刻の板)が、いまも柴崎町の旧家に残されています。

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柴崎分水

柴崎分水

分水は元文2年(1737)に玉川上水から引かれました。

長い間、柴崎村(市の元の村)の生活用水や水車などに利用されていました。

今では埋め立てや暗渠化により、流れが見られる場所は少なくなりました。

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普済寺

普済寺

山号は玄武山、臨済宗建長寺派で有名な古刹です。

中世に武蔵七党と呼ばれた武士団の中の西党の一族、立川氏が文和2年(1353)菩提寺として創建したと伝えられています。

室町時代には、この地方の文化の中心で、普済寺版とよばれる仏教経典を刊行しました。

寺内には国宝六面石幢があります。

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山中坂地蔵堂

山中坂地蔵堂

太平洋戦争末期、日本の都市は米軍の激しい空襲をうけました。

山中坂には、段丘のガケを利用した防空壕がありました。

昭和20年4月4日未明、米軍の空襲を知らせるサイレンが鳴りひびき、近くに住む老人や子どもたちが、ぞくぞくとこの防空壕の中へ逃げ込んできました。

そこへ、米軍爆撃機B29の落とした250キロ爆弾が命中したのです。防空壕に避難していた42人の人たちが亡くなりました。

山中坂のお地蔵様は、この時に亡くなった人びとの霊をなぐさめるために建てられました。

いまでも、花やくだもの、線香などが供えられ、悲惨な戦争をくり返してはならない、という人びとの祈りが続けられています。

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立川市歴史民俗資料館

歴史民俗資料館

この資料館は、昭和60年(1985)12月1日に開設されました。

展示室中央には、普済寺の国宝・六面石幢のレプリカがシンボルとして置かれ、これをとり囲むように、立川の自然・歴史・民俗に関する資料が展示されています。

周囲には、旧井上家にあった土蔵が保存され、雑木や草花を配した散策路も設けられており、心なごむ雰囲気がかもしだされています。

このほか、年に数回の特別展や学習会が行なわれています。

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東京都農林総合研究センター

大正9年(1920)から13年にかけて、中野区から移転してきてから、さまざまな研究を通して、地域農業の発展に貢献してきました。

現在は、都市農業の積極的な保全・育成と、林業の振興をはかるため、自然保護・縁化などの試験・研究を行っています。

場内には、研究のための四季おりおりの草花が咲きほこっています。

また、多くの人びとに親しんでもらうため、花木園を開園したほか、温室等の設置工事が行われています。

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富士塚

富士塚には江戸時代中ごろから流行した富士講と関連あるものが多いのです。

富士講は富士登山が最大の行事でしたが、参加できない信者のために、富士塚をつくりました。

ここの塚と富士講との関連ははっきりしませんが、頂上には富士浅間神社がまつられています。

(注)富士講:立川では浅間講(せんげんこう)ともいいました。

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お問い合わせ

教育委員会事務局 教育部生涯学習推進センター文化財係

電話番号:042-525-0860

ファックス:042-525-1236

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