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更新日:2020年7月1日

立川市の散歩コース【2.矢川から多摩川方面を歩く】

全長で約6.8キロメートル。

西国立駅を出発し、緑道を散策するコース。

散歩コース概要

2yagawa

  1. 西国立駅
  2. 矢川緑地保全地域
  3. 根川貝殻坂橋
  4. 日野の渡し碑
  5. 根川緑道
  6. 沢の稲荷
  7. 学校教育発祥の地の碑
  8. 大和田遺跡
  9. 都立立川高校(旧府立二中)
  10. 立川駅南口

矢川緑地保全地域

立川段丘と青柳段丘が接する崖の端には、昔から湧水がたくさんあり、矢川の水源になっていました。

今は湧水も少なくなりましたが、ここは立川では唯一の湿地帯となっています。

四季を通じて自然と親しめるよい所です。

コース概要

根川貝殻坂橋

江戸時代初期、甲州街道は青柳村境の坂を下って、多摩川へ出て、日野の万願寺の方へ渡っていました。

この下る坂が、蛤の貝殻が大量に出ると言われ、「貝殻坂」と呼ばれていました。

それに因み「貝殻板橋」と命名されました。

コース概要

日野の渡し碑

昔は日野橋がありませんでしたから、冬の渇水期には仮の橋を架け、夏の増水期には渡し船を使って多摩川を通行していました。

この渡し場が「日野の渡し」と呼ばれていたのです。

その後、日野橋が大正15年(1926)に完成し、「日野の渡し」は廃止されました。

日野橋が完成してからちょうど60年たった昭和61年(1986)10月、立川観光協会を中心とした人びとによって、「日野の渡し」記念碑が建てられました。

コース概要

根川緑道

根川緑道

かつて、根川は、近隣の人びとの楽しい憩の場でありました。

春先には、土手のサクラがみごとに咲き、花見客たちは、豊かな水の流れにボートを浮かべ、のどかな川辺の一日を楽しんでいたのです。

現在は、もとの流れは埋め立てられて、サイクリングロードや散歩道が整備され、小川が造られました。

根川緑道というのは、昔の根川の上に造られた散歩道のことです。

コース概要

沢の稲荷

沢の稲荷

沢の集落には、有名な沢の稲荷がまつられています。

農耕の神として、古くから人々の信仰を集めていました。

なお塚の形が円墳に似ているので、古墳ではないかともいわれています。

(注)「沢」は立川の昔の地名で、現在の柴崎町4丁目の一部。

コース概要

学校教育発祥之地の碑

明治11年(1878)、立川の学校教育史上初めて独立校舎が建てられた場所です。

それまでは普済寺境内に間借りして教育が行われていました。

現在の市立第一小学校の前身で、大正3年(1914)同校は現在地へ移っています。

コース概要

大和田遺跡

青柳段丘の上にあたるこの遺跡では、数千年前の縄文時代の住居跡やたくさんの石器・土器が発見されています。

6回にわたる発掘調査の結果、縄文時代と奈良・平安時代の集落があったことが明らかになりました。

現在遺跡は埋め戻されていて見学できません。

コース概要

都立立川高校(旧府立二中)

明治34年(1901)、当時の東京府で2番目の中学校(旧制中学校)として創立された、多摩地域の最初の中学校でした。

それから約100年、同校は多摩地域ばかりでなく、日本の発展に貢献した多くの人材を育ててきました。

都立高校は全日制普通科131校(平成20年4月1日現在)、その創立の古さは日比谷高校(旧府立一中)についで2番目。

都内きっての名門校です。立川高校と名を変えましたが、その伝統は今も生きています。

コース概要

関連ファイル

お問い合わせ

教育委員会事務局 教育部生涯学習推進センター文化財係

電話番号:042-525-0860

ファックス:042-525-1236

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