教育美風142~147
教育美風147
先輩教師は「ゴールデンウイークではなく、大型連休です。」が口癖でした。それはさておき、私の子ども時代の大型連休は「♪柱のきずは…」という「背くらべ」の歌詞同様、柱に傷をつけ父に叱られ、「柏餅が2個ほしい。」と言って、もっと怒られるのも恒例でした。高校1年生の時、父の実家で柱の傷を確認。祖父の証言から父と判明!父が柏餅を2個くれました。(4月27日 教育長 飯田 芳男)
教育美風146
私が中学生の時は、お医者さんが持つようなカバンに英和辞典と国語辞典を入れ通学。辞書には、学習雑誌でもらった万年筆で、3年分の落書きがあります。当時の厚い辞書は我が家の本棚に鎮座しています。今ではインテリアの一部ですが、めくると、なつかしい落書きに思い出がよみがえります。50年前の中学校生活が、ぼわっと、一瞬で登場です。(4月25日 教育長 飯田 芳男)
教育美風145
我が家から30センチの竹のものさしが出てきました。それも祖母手作りの袋付きです。袋は祖父の羽織を再活用したものです。当時、私は布袋に入ったそろばんとものさしに加え、絵の具箱がふたからはみ出たランドセルを背負っていました。おまけに給食袋や体育袋まで、ランドセル脇のフックにつけていました。これぞ完璧な「ザ・昭和の小学生」です!(4月23日 教育長 飯田 芳男)
教育美風144
1951年の今日、16社に民間ラジオ放送の予備免許が与えられました。私のラジオ生活の始まりは、小学5年生の時、8月15日に聴いた「かわいそうなぞう」の話がきっかけです。戦争中、3頭の象が殺処分されるという話です。「餓死寸前でも餌が欲しくて芸を続ける」シーンは音声のみでも心に響きました。でも、NHKのドキュメンタリー番組『病院ラジオ』は目で見て泣いてしまいます。(4月21日 教育長 飯田 芳男)
教育美風143
かつてのこの時期は、運動会の表現運動の演目を決めるため、新宿駅付近のレコード店に通っていました。体育や音楽の教材用レコードを何曲も試聴しながら購入できるお店でした。数人まとまってヘッドフォンを使い、同じ曲を聴けたので年中教員が集結していました。曲を決め、振付を忘れないために、新宿駅から自宅まで踊りながら帰ったのは若き日の私です。(4月19日 教育長 飯田 芳男)
教育美風142
先日4月12日は「パンの記念日」でした。かつて音楽集会で「パンのマーチ」を指導したことがあります。なつかしさを感じさせる歌ですが、歌詞に世界のパンの呼び名が登場します。ですから4月のこの頃、需要?があります。教員になった教え子が「飯田先生を思い出して、学級で歌いました。」とメールをくれました。セピア色になった思い出には割とぬくもりがあるようです。(4月17日 教育長 飯田 芳男)
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