教育美風196~201

ページ番号1028104  更新日 2026年8月11日

教育美風201

盆踊りの曲が斬新になったというTV番組を見ました。踊り手が各世代にまたがるのは良いことだと思います。リズム感のない私もかつては、オバQ音頭に没頭していました。地元町会の盆踊りと言えば、何と言ってもオバQ音頭が人気でした。最近はオバケのQ太郎を口にする人がいないのがさびしいです。セピア色になりましたが夏色の思い出です。(8月11日 教育長 飯田 芳男)

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教育美風200

1945年の今日、午前11時2分、長崎市北部上空で原爆が爆発し、およそ7万4千人が犠牲になりました。心から哀悼の意を表します。長崎は坂の多い町です。どうしてこの地に原爆が落とされたのでしょうか。言葉がありません。平和祈念像は、右手で原爆の脅威を、左手は平和を、閉じた瞼で犠牲者の冥福を祈っています。平和の泉は涸らせません。(8月9日 教育長 飯田 芳男)

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教育美風199

夏休み水泳教室は、私の経験では、夏休み直後と検定の日に参加児童が多かったです。ちょうど今頃、夏休み前半の水泳教室を終える時期から、参加児童が減っていきました。ある日は指導者5人参加児童2人でした。泳げない二人が、指導者5人で息継ぎ等、さまざまな助言をしたら、平泳ぎで25メートルを泳ぎ切りました。二人は今も仲良しです。(8月7日 教育長 飯田 芳男)

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教育美風198

1945年8月6日午前8時15分、広島に原爆が投下されました。およそ14万人の命が失われました。あらためてご冥福を祈ります。川の多い広島ですが、本川と元安川の分岐点には相生(あいおい)橋と言う珍しいT字型の橋があります。原爆投下の目印になったと言われています。まもなく本市の平和学習派遣の代表中学生と広島に行きます。永遠の平和を誓います。(8月5日 教育長 飯田 芳男)

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教育美風197

私が勤務していた小学校は、夏休みの水泳指導は午前2回、午後1回でした。朝、雨で中止にしても、いつでも再開できるように待機していました。急速に天候が回復することがあるからです。逆に急速に天候が悪化した時は早めに切り上げました。参加児童宅に電話をしたり、早めの帰宅をプリントしたりとアナログ時代でも、臨機応変に対応したものです。(8月3日 教育長 飯田 芳男)

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教育美風196

中学校で社会科を教えていた時、大きな地球儀と巻物のような地図は必需品でした。時にはスライド映写機もありました。社会科の先生はアナログのかたまりでした。地球儀にライトをあてて時差の学習もしました。また、「東京から真東はどこか?」等、学習に大活躍でした。その頃は、赤道が「赤い」と思っていた生徒が多く愉快でした。もはや昔話の域です。(8月1日 教育長 飯田 芳男)

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