立川市の歴史(1800年代から1924年まで)
立川市の過去から現在における歴史上の出来事を年表に
ここでは、1800年代から1924(大正13)年までに起きた市政に関する主な出来事等を年表形式で掲載しています。
1860(安政7)年
常陸の国(現茨城県)の蚕影神社、阿豆佐味天神社境内に分社される。
1868(明治元)年
柴崎村、砂川村が韮山県に編入される。
1870(明治3)年
- 普済寺に郷学校開設(現市立第一小学校)。
- 玉川上水の水運業始まる。
1871(明治4)年
柴崎村、砂川村が神奈川県に編入される。
1872(明治5)年
- 普済寺の郷学校がぐ頴学舎と改称。
- 砂川村、流泉寺に西砂川学校(現市立第九小学校)開設。
- 衛生上の理由で玉川上水の水運業廃止される。
1874(明治7)年
砂川5番の私塾が中砂川学校に、砂川8番の村立郷学校「共同学舎」が東砂川学校となる。
1875(明治8)年
廃仏毀釈により、満願寺廃寺となる。
1878(明治11)年
- ぐ頴学舎、柴崎学校と改称。
- 郡制度施行。柴崎村と砂川村は北多摩郡に編入。
1881(明治14)年
柴崎村を立川村と改め、柴崎学校を立川学校と改称。
1884(明治17)年
立川村以西拝島村まで10か村が連合、役場を中神村におく。
1889(明治22)年
- 市制・町村制施行。立川村は独立村となる。
- 普済寺・心源庵を借りうけ、立川村役場を建て村会を開設。
- 甲武鉄道(現中央線)の開通。立川停車場ができる。
1893(明治26)年
西、南、北多摩郡の三多摩を神奈川県から東京府に移管。
1894(明治27)年
青梅鉄道開通。
1900(明治33)年
中砂川学校と東砂川学校が一つになり砂川小学校(現市立第八小学校)となる。
1901(明治34)年
東京府立第二中学校(現都立立川高校)開校。
1902(明治35)年
立川郵便局が3等集配局として開局。
1906(明治39)年
甲武鉄道国有となり中央線と改称。
1907(明治40)年
八幡神社本殿を諏訪神社に移築。
1910(明治43)年
砂川製糸業閉鎖。
1915(大正4)年
立川村に電気供給開始。
1916(大正5)年
東京府原蚕種製造所、立川村に設置される。
1920(大正9)年
東京府農事試験場(現農業試験場)、豊多摩郡中野町から立川に移転開始(大正13年完了)。
1921(大正10)年
立川村に電話が開通。
1922(大正11)年
立川飛行場開設、陸軍飛行第五大隊移転。
1923(大正12)年
- 関東大震災。
- 立川村、町制を施行。
- 青梅鉄道電車運転を開始。
1924(大正13)年
立川町の町制施行を記念して、立川飛行場で自動車レースが開催される。
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