教育美風208~213

ページ番号1028201  更新日 2026年9月4日

教育美風213

以前勤めていた学校では、連絡帳の返信に赤ペンを使用する先生が多かったです。期せずして手紙を赤ペンで書くのは非常識という声が上がり、ほどなく管理職のよびかけで「赤ペンで返事を書かない」が徹底されました。欠席連絡にも「お大事にしてください」と一筆入れる心がけが奨励され、受け取る人の気持ちを大事にしました。学校はいつも春のようでした。(9月3日 教育長 飯田 芳男)

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教育美風212

1923年の今日、関東大震災が起きました。「お昼ご飯の時、天井が落ちてきた。」と祖母が言っていました。都心には震災からの復興事業ということで建てられた復興小学校が点在しています。私も復興小学校に勤めたことがあります。コンクリート構造で窓がアーチ型です。また、全校児童が地下に避難できました。先人の安全への思いが詰まっていました。(9月1日 教育長 飯田 芳男)

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教育美風211

初任の小学校では、近隣校との水泳記録会でプール納めとなりました。当日は、機械室に入り液体塩素を容器に注入したり、コースロープを張ったり、初任者の私の仕事は多岐にわたりました。「フライングロープも頼むね。」と言われ、運動会で使う万国旗を用意したのは恥ずかしい思い出です。周囲の「オリンピックみたいだね。」という声に泣き笑いでした。(8月31日 教育長 飯田 芳男)

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教育美風210

高校入試の時、2枚の問題を余裕で解き終わったら、終了10分前に3枚目があることに気が付きました。私は、こんな冷や汗ストーリーを豊富に所有しています。夏休みの宿題も、始業式前日に1科目やり忘れたことがありました。でも決して絶望しないことを学びました。締め切り直前は不思議な力が湧くのです。ただ、あくまで教育長の個人的な見解です。(8月29日 教育長 飯田 芳男)

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教育美風209

作文が苦手な児童は、日記や感想文を「書いてごらん。」と言っても、なかなか文は出てきません。私が初任の頃は「先生、あのね」のあとに続けて書かせるのも効果的と言われていました。私も実践しました。特に低学年の児童には「先生、あのね」は魔法の言葉でした。児童の「あのね帳」を見るのが楽しみでした。伝えたい気持ちにさせるのも楽しみでした。(8月27日 教育長 飯田 芳男)

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教育美風208

夏休みが終盤です。中学生の時は、宿題ができていないのに、友人には会いたくて新学期を楽しみにしていました。私が人生で一番怠惰な生活をしたのが中学2年生でした。自分の心の弱さや甘さに対して「中3になったら頑張ろう!」で逃げていました。暗黒の中2時代を、自戒の念で毎年教え子に語っていました。連立二元一次方程式は今も復習しています。(8月25日 教育長 飯田 芳男)

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